工事代金が支払われないとき―請負代金請求で施主が主張する4つの抗弁
「工事は終わっている。それなのに、請求書を出した途端に話が止まる」。督促するたびに「まだ直っていない箇所がある」「その工事は契約に含まれているはずだ」と返ってくる。回収できるかどうかは、施主が持ち出してくる反論をどれだけ先読みできているかで決まります。請負代金請求の攻防の構造を弁護士が解説します。
目次
この記事の概略
• 請負代金を請求する側が立証すべきことは、①請負契約を締結したこと、②仕事を完成したことの2点です(民法632条)。
• 金額の合意がなくても請負契約は成立します。「いくらでやるか決めないまま着工した」案件でも、請求権は発生します。
• 施主の代表的な反論は、同時履行・相殺・代金減額・解除の4つです。いずれも契約不適合があることを出発点としています。
• 不適合を知ってから1年の通知期間(民法637条)を過ぎても、代金元本に対する相殺は封じられません(民法508条の類推適用)。
• 追加工事分は、追加合意の成立・有償であること・金額を別途立証する必要があります。
請負代金を請求する側は、何を立証すればよいか
施工者が請負代金を請求する場合に主張・立証すべきことは、①請負契約を締結したこと、②仕事を完成したこと、この2点に尽きます。
工事代金の回収というと、膨大な資料を揃えなければならない大仕事のように思われがちですが、法的な組立てはむしろ単純です。請負契約は、一方が仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約することで成立します(民法632条)。請負人が立証すべき事実も、この条文の構造から導かれます。
もっとも、定額請負なのか、概算請負なのか、そもそも報酬額の合意がないのかによって、主張すべき内容は変わります。どの型で組み立てるかを最初に見誤ると、後から立証の方向を修正するのは容易ではありません。
金額を決めないまま着工した工事でも、代金を請求できるか
請求できます。請負契約は、代金を支払う旨の合意さえあれば成立し、金額やその決定方法についての合意までは必要ないと解されているからです。
多くの経営者の方が誤解されているのが、この金額の合意です。売買契約であれば、代金額またはその決定方法が確定していなければ契約は成立しないと解されています。ところが請負契約は違います。「結局いくらでやるかを詰めないまま着工してしまった」という案件でも、それだけで請求権が発生しない、ということではありません。
ただし、請負人が主張すべき内容は型によって変わります。定額請負であれば「定額請負であったこと」と「その金額」を、報酬額の合意がない場合には相当報酬額を基礎づける事情を、それぞれ立証していくことになります。契約書を作らないまま進めた工事の請求については、口頭契約での請負代金請求のポイントもあわせてご覧ください。
「まだ完成していない」と言われたら?
裁判で「完成していない」と認定されると、請負人は代金全額の請求はできない、ということになります。そして、出来高がいくらかという別の争いに移ることになります。
仕事の完成は請負契約の目的そのものです。そのため、原則として請負人の仕事完成義務が先履行になると解されています。民法633条が、仕事の完成と目的物の引渡しとを区別し、引渡しと報酬の支払が同時履行の関係に立つと定めているのも、同じ考え方に基づくものです。
残工事がわずかであっても、予定された最後の工程まで終えていなければ未完成とされる場面はあり、「実質的に完成している」という感覚が法的な評価と一致するとは限りません。工事が途中で終わった場合の精算の考え方は、「出来高」の算定方法で詳しく説明しています。
完成の有無の判断で重要なのは、工程ごとの写真、検査記録、施主の立会いや引渡しに関するやり取りです。完成の主張は、書面と記録の積み重ねによって立証されることになります。
反論① 同時履行――「直してから請求してくれ」は通るか
同時履行の抗弁が出されても、それが代金全額を拒絶する理由になるとは限りません。
仕事の目的物が種類・品質・数量において契約の内容に適合しないとき、注文者は請負人に対して損害賠償を請求することができます(民法415条)。そして、この損害賠償債務と請負代金債務とは同時履行の関係に立ちます(民法533条)。施主が不具合を主張して支払を拒絶するのは、この反論(抗弁)を主張しているからです。
主張されている不具合が本当に契約不適合にあたるのか、その修補に必要な金額はいくらなのかを一つずつ切り分けていけば、支払を留保できる範囲は限定されていきます。
反論② 相殺――「1年を過ぎているから使えない」は通るか
通りません。民法637条の1年の通知期間を過ぎていても、代金元本に対する相殺が封じられるわけではないからです。
同時履行に続いて出てくるのが相殺です。施主は、修補に代わる損害賠償請求権を自働債権として、代金債権と相殺すると主張してきます。このとき注文者が主張・立証すべきは、①仕事の目的物が種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しないこと、②その契約不適合による損害の発生と数額、③受働債権すなわち請求債権につき、注文者が請負人に対し一定額について相殺の意思表示をしたこと、の3点です。
一般に、相殺適状の要件としては債権の性質が相殺を許すものであることが挙げられ、自働債権に同時履行の抗弁権などの抗弁権が付着している場合には相殺は許されないといわれます(民法505条1項ただし書)。しかし請負契約における代金債権と修補に代わる損害賠償債権については、両債権間で相殺を認めても相手方に不利益を与えることにはならず、むしろ相殺により清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明ならしめるとして、対当額による相殺が認められています。
注文者は、目的物が契約の内容に適合しないことを知った時から1年以内にその旨を請負人に通知しなければ、原則としてその不適合を理由とする権利を行使できなくなります(民法637条)。請負人としては、1年を過ぎてから持ち出された相殺は封じられるはずだと考えたくなるところです。しかし、民法637条所定の期間を経過した後にする相殺については民法508条の類推適用があるとされ、請負契約に基づく代金債権(元本)に関しては、特段の事情がない限り、相殺の抗弁に対して権利保存期間経過の再抗弁を出しても主張自体失当となる、と解されているのです。1年の通知期間は重要な条文ですが、代金元本の防波堤にはなりません。
期間の経過が意味を持つのは、遅延損害金の部分です。相殺に供された代金債権と損害賠償債権の金額に差がある場合、残債権が遅滞に陥る時期については、原則として相殺の意思表示をした日の翌日からと解するのが相当とされます。
反論③代金減額・④解除にはどう備えるか
代金減額請求(民法559条・563条)と解除(民法541条以下)には、それぞれ要件があります。主張されたときは、その要件を満たしているかを冷静に検討することが第一歩になります。
現行民法では、注文者の救済手段として代金減額請求と解除が整備されました。改正前には正面から用意されていなかった手段が加わったことで、施主側の選択肢は確実に増えています。4つの反論はいずれも、目的物に契約不適合があることを出発点としています。裏を返せば、契約不適合の有無という一点を丁寧に争うことが、そのまま4つすべてに対する反論になるということです。
追加工事分の代金は、本体工事と一緒に請求できるか
追加変更工事の合意が当初の請負契約を事後的に一部変更したものと解されるときは、訴訟物としては同一です。別個独立のものと解されるときは、当初契約とは別の訴訟物になります。
追加変更工事に係る合意が別個独立のものといえるかどうかは、その内容・工期・代金支払時期などに照らして判断されます。追加・変更工事の代金の扱いはここで大きく分かれます。
別個独立と評価される場合、追加工事分については改めて合意の成立、その工事が有償であること、そして金額を立証しなければならなくなります。「本体工事の請求と一緒に払ってもらえるだろう」という見込みは通用しません。
追加工事をめぐる証拠の残し方については、追加変更工事の合意形成と証拠化で詳しく取り上げています。
工事代金を回収するには、工事中に何を残しておけばよいか
請負代金請求の攻防は、施工者が何を立証できるか、そして施主の4つの反論(抗弁)をどこで断ち切れるかで決まります。そしてその材料のほとんどは、工事期間中にしか準備できません。
工程ごとの写真と検査記録、打合せの議事録、変更指示のメール、そして施主から不具合の指摘を受けた日付の記録。地味な作業ですが、これらが揃っている案件と揃っていない案件とでは、交渉の初期段階から回収できる金額が大きく変わってきます。紛争になってから遡って作れる証拠は、ほとんど存在しないのです。
現在、支払を留保されている案件をお抱えの施工者の皆様。施主の言い分が4つの反論(抗弁)のどれにあたるのか、その要件を本当に満たしているのか、そしてどこから切り崩すのが最短なのか。手元の資料を前提とした具体的な見通しは、事案ごとに大きく異なります。弁護士安藤亮は建築・建設分野に特化し、全国からオンラインでご相談いただけます。支払の留保が長期化する前に、まずはお気軽にお問い合わせください。
よくある質問
Q. 契約書がなくても、工事代金を請求できますか。
A. 請求できます。請負契約は、代金を支払う旨の合意さえあれば成立し、金額やその決定方法についての合意までは必要ないと解されているためです。ただし、定額請負か、概算請負か、報酬額の合意がないのかによって、主張すべき内容が変わります。
Q. 施主が「不具合があるから払わない」と言っています。代金は全額止まりますか。
A. 全額が止まるとは限りません。主張されている不具合が本当に契約不適合にあたるのか、その修補に必要な金額はいくらなのかを一つずつ切り分けていけば、支払を留保できる範囲は限定されていきます。
Q. 引渡しから1年以上たってから相殺を主張されました。期間切れを理由に拒めますか。
A. 拒めません。民法637条所定の期間を経過した後にする相殺には民法508条の類推適用があるとされ、代金債権(元本)については、特段の事情がない限り、権利保存期間経過の再抗弁は主張自体失当と解されています。期間の経過が意味を持つのは遅延損害金の部分です。
Q. 追加工事の代金も、本体工事の請求と一緒に請求できますか。
A. 追加変更工事の合意が当初の請負契約を一部変更したものと解されるときは、訴訟物としては同一です。別個独立のものと解されるときは別の訴訟物になり、追加工事分について改めて合意の成立、有償であること、金額を立証する必要があります。
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