設計契約書の未作成・交付漏れによるトラブルと法的リスク
「とりあえずプランを描きますよ」と契約書なしで設計を進めていませんか?その見切り発車、タダ働きになるだけでなく、建築士法違反で行政処分を受けるリスクも潜んでいます。会社を守るための法的対策を弁護士が解説します。
「とりあえずプランを」の危険な罠
建設業界、とりわけ住宅建築や小規模ビルの現場において、設計と施工を一括で請け負う「設計施工」の形態は一般的です。施主様との信頼関係を築きながら、営業活動の一環として「とりあえずプランを描いてみます」「概算見積りと一緒に図面を出します」といったやり取りが、日常的に行われていないでしょうか。
契約書を作成しないまま、あるいは簡単な申込書だけで設計業務(基本設計や確認申請業務)を先行させ、本契約(工事請負契約)の締結後にまとめて精算する・・・。この「見切り発車」の慣習は、現場のスピード感を維持するために必要悪とされがちですが、法的観点からは、会社の存続すら危うくしかねない「時限爆弾」を抱えているに等しい行為です。
私のもとには、「契約前に設計を進めていたが、結局工事契約に至らなかった。かかった設計料を請求したいが、施主が払ってくれない」という相談が後を絶ちません。しかし、この相談に対する回答は、皆様が期待するほど甘いものではないのが現実です。
「タダ働き」を強要される法的構造
まず認識すべきは、契約書がない状態で設計業務を行った場合、その対価(報酬)を請求する法的ハードルは高いという事実です。 商法512条には、商人がその営業の範囲内で他人のために行為をしたときは「相当な報酬」を請求できるという規定があります。これを根拠に「契約書がなくても請求できるはずだ」と考える施工者・設計者は少なくありません。
しかし、裁判実務の現実は冷徹です。 契約書がない場合、裁判所では「その設計行為は、工事契約を獲得するための『営業活動(無償)』だったのか、それとも『有償の設計業務』として合意されていたのか」を問われます。 特に、設計施工一括方式の場合、施主側から「設計料は工事代金に含まれると思っていた」「契約に至らなければ無料だと言われた(あるいはそう信じるに足る事情があった)」と反論されると、これを覆すのは容易ではありません。
明確な設計契約書(または設計料に関する合意書)が存在しない限り、数ヶ月にわたって汗水垂らして作成した図面やパースが、法的には「無料のサービス」と認定されてしまうリスクが常につきまといます。たとえ実費相当額であっても、合意の立証ができなければ回収不能となるケースを、私は多く見てきました。
建築士法違反という行政処分のリスク
さらに恐ろしいのは、金銭的な損失だけではありません。設計契約書の未作成は、建築士法という行政法規への重大な違反行為となります。
まず、建築士事務所の開設者には、設計受託契約を締結する前に、施主に対して「重要事項説明」を行い、書面を交付することが義務付けられています(建築士法24条の7)。また、契約締結時には遅滞なく契約書を交付しなければなりません(同法24条の8)。
これは努力義務ではなく、法的義務です。 もし、契約書を作らずに設計業務を行っていることが発覚すれば、建築士事務所としての業務停止処分や、最悪の場合は建築士免許の取消しといった重い懲戒処分を受ける可能性があります。 「忙しかったから」「施主が急いでいたから」という言い訳は、行政には通用しません。契約書の未作成は、単なる事務ミスではなく、コンプライアンス(法令順守)の欠如として、企業の社会的信用を失墜させる事態に直結するのです。
報酬請求権の「出来高」算定の困難さ
仮に、口頭での契約成立が認められたとしても、トラブルは続きます。 設計の途中で施主から契約を解除された場合、そこまでの作業分としていくら請求できるのでしょうか。 設計契約は、準委任契約の性質(業務の遂行自体を目的とする)と請負契約の性質(成果物の完成を目的とする)を併せ持つ複雑な契約です。契約書において、業務の段階ごとの報酬額や、中途解約時の精算方法(出来高の算定基準)が明記されていなければ、適正な報酬額を算出すること自体が困難を極めます。
特に、「予算内で設計する」という条件の解釈を巡る紛争は深刻です。 契約書で予算の上限や条件が明確に定義されていない場合、施主の要望通りに設計したにもかかわらず、「予算オーバーだ」として設計料の支払いを拒絶され、逆に債務不履行責任を問われるリスクさえあります。設計者が予算超過についてどこまで責任を負うべきかは、契約の定め方一つで結論が大きく変わる、非常に専門的な論点です。
「身を守る契約」への転換を
「お客様を信用しているから契約書は後でいい」。その善意が、紛争時には皆様自身の首を絞めることになります。 トラブルになってから、「言った言わない」の水掛け論を裁判所ですることは、時間も費用も精神力も浪費する不毛な戦いです。
重要なのは、紛争が起きてから慌てて弁護士に相談することではなく、紛争を起こさせないための「予防法務」です。 具体的には、営業段階から設計契約への移行タイミングを明確にするルール作り、建築士法に準拠した重要事項説明・契約書交付のフロー確立、そして万が一の中途解約にも耐えうる契約条項の整備が不可欠です。
貴社の現在の業務フローに、法的な「穴」はありませんか? 建築紛争の最前線で数々の事案を扱ってきた経験から申し上げれば、契約書の不備は、まさに企業の存亡に関わるリスクです。 適正な設計料を確実に確保し、行政処分等のリスクから会社を守るための具体的な契約スキームについては、ぜひ一度、建築・設計紛争に詳しい当事務所にご相談ください。
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