施主が「気に入らない」設計は設計者の債務不履行となるのか
施主と設計者との間で交わされる設計契約。施主にとって自らの理想を実現するために極めて重要なプロセスですが、実際には「自分のイメージと違う」「気に入らない」など、完成した設計への不満が生じることもしばしば見受けられます。私も、施主側からも設計者側からもこのような相談を受けたことが何度もあります。では、施主の希望に完全には沿っていない設計は、設計者の「債務不履行」となるのでしょうか。実務的な視点から考えてみます。

設計者の責任の範囲
設計契約は、設計者が「合意された内容」に基づき設計を行うことを約束するものです。設計者の責任の有無は、契約書や設計打ち合わせ記録などで具体的に定められた要望や仕様、社会通念上の合理性、建築の専門性に照らして判断されます。したがって、「施主が気に入らない」という主観的・感情的な理由だけで、当然に債務不履行が成立するわけではありません。債務の内容があいまいなまま「自分のセンスに合わない」と主張しても、その請求が直ちに認められる、ということにはならないのです。
「気に入らない」で債務不履行が認められる場合とは
債務不履行が認められる典型例には、以下のような場合が考えられます。
① 契約書や設計打ち合わせ等で明確に「こうしたい」と合意した点を、設計者が著しく無視した場合
② 建築基準法などの法令違反や、安全性、基本性能を著しく損なう設計を行った場合
③ 施主の予算や要望を無視し、事前説明なしに大幅なコスト超過となる設計を行った場合
④ 設計内容に関する誤った説明や重要事項の説明義務違反があった場合
これらはいずれも、単なる好みの問題ではなく、契約で定められた義務や、専門家として当然求められる説明責任といった、検証可能な客観的な基準に照らして判断されるものです。
裁判例の考え方
東京地裁昭和50年4月24日判決は、教会堂の設計・監理に関する事案について、
「通常建物の設計は、建築主の建物の階数、間取り、外観についての希望ないし意見を最大限に考慮すべき性質のものであるが、本件の如き宗教上の建物は、とくに建物の象徴となるべきその外観について建築主が最終的に選択してこれを決すべき要素の強いものであるから、建築家は出来る限り建築主の希望に添って建築設計すべき義務があるが、反面また建築について、建築基準法に定められた建ぺい率、容積率、斜線制限等の制約があり、しかもなお設計者の専門的な技術を尊重してその仕事を協力すべき義務があると言わねばならない。」
としたうえで、設計者が提案した6案の基本設計を策定したこと、およびその内容に鑑み、設計者は施主の希望に基づき、それに沿った設計図の作成に努力していた、と認定し、設計者の債務不履行責任を否定しました。
ケースバイケースではあるものの、上述の裁判例のように、設計者が積極的に意向を確認し、技術的・法的制約も丁寧に説明し、そのうえで設計を行った場合は、「気に入らない設計=債務不履行」という主張は否定されることになります。
配慮すべきポイント
トラブルを防ぐには以下の点を心掛けるべきでしょう。
① 施主の希望を具体的に整理し、契約書や議事録などの形で明文化する
② 仕様や予算等の条件は事前にできる限り明確化する
③ 疑問点に対し丁寧に対応し、相互理解に努める
曖昧な表現や「なんとなくこうしたいのだろう」という思い込みは、双方に食い違いが生じやすく、後々のトラブルの温床となります。トラブルなく設計を進めるためには、双方の情報共有と協力、合意内容の文書化が何より重要と言えるでしょう。
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